【茶器/茶道具 銘付茶杓 干支「辰」】 煤竹 銘「登龍」 竹田益州筆 宗稜作

銘付茶杓 煤竹 銘「登龍」 竹田益州筆 宗稜作

竹注意事項


登龍とうりゅう/のぼりりゅう
登龍(とうりゅう)とは…まさにこれから高い地位に向かって自らを押し上げるためのスタート地点という事。
登(とう)とは、高いところに上る、ある場所に進み出る、高い位や地位につくなどの意味を持ちます。
また、竜(りゅう)には、蛇に似たからだに二本の足、日本の角とヒゲを持つ想像上の動物、特別優れているなどの意味があります。
・登龍(のぼりりゅう)とは…天へのぼろうとしている龍。 また、そのさまを描いた絵。

【竹田益州(室号金剛窟)】本名 土田
1896年明治29年07月大分県西国東郡上真玉村に生
1907年明治40年 滋賀県堅田町祥瑞寺の大友宗忠和尚につき11才で得度
1915年大正4年 建仁僧堂に掛搭。竹田黙雷、竹田穎川両老師に参事
1918年大正7年 祥瑞寺住職となる
1933年昭和08年 穎川老師に嗣法する
1944年昭和19年2月大徳寺山内大仙院住職。翌年、大徳寺執事長に就任するが、穎川老師遷化により同年11月、建仁僧堂師家に就任
1964年昭和39年 建仁寺派管長に就任(建仁寺445世 第8代管長 別号・他 金剛窟)
1980年昭和55年 僧堂師家を退任し、以降は管長職に専念
1989年平成元年6月20日 92才遷化
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【建仁寺】
臨済宗建仁寺派の大本山
開山は中国から日本に茶を広めたことで知られる栄西禅師。開基は源頼家。
鎌倉時代の建仁2年(1202年)の開創で、寺名はこの年号によるものといわれる。(山号は東山)
 

作者 竹田益州筆
茶杓師:宗稜作
木箱
   (野丸中・68800)