【茶器/茶道具 なつめ(お薄器)】 大棗 輪島塗り 稲舟 鹿にもみじ蒔絵 内黒 浦出稲舟作

なつめ 大棗 輪島塗り 稲舟 鹿にもみじ蒔絵 内黒 浦出稲舟作

なつめ 大棗 輪島塗り 稲舟 鹿にもみじ蒔絵 内黒 浦出稲舟作

なつめ 大棗 輪島塗り 稲舟 鹿にもみじ蒔絵 内黒 浦出稲舟作


<参考資料:石川新情報書府より>
【輪島塗とは】
伝統的工芸品に指定された際の通商産業省(当時)による輪島塗の要件は次のとおり(昭和50年5月10日通商産業省告示第172号)
【伝統的な技術または技法】
下地塗りは、次の技術または技法によること
1.木地に生漆を塗付した後「着せもの漆」を塗付した麻または寒冷紗を用いて「布着せ」をすること。
2.生漆に米のり及び「輪島地の粉」を混ぜ合わせたものを塗付しては研ぎをすることを繰り返すこと。
3.上塗りは、精製漆を用いて「花塗」または「ろいろ塗」をすること。
4.加飾をする場合は、沈金または蒔絵によること。
5.木地造りは、次のいずれかによること。
 1.挽き物にあっては、ろくろ台及びろくろかんなを用いて形成すること。
 2.板物または曲げ物にあっては、「こくそ漆」を用いて成形すること。
【伝統的に使用されてきた原材料】
 1.漆は天然漆とすること。
 2.木地は、ヒバ ケヤキ カツラ もしくはホオノキ、またはこれらと同等の材質を有する用材とすること

現在のような輪島塗の技術が確立したのは江戸時代寛文年間と伝えられている。この時期にはすでに海運の利を生かして販路を拡大し、また陸路での行商もおこなわれており、堅牢さが評判の輪島塗は日本各地で使われていた。
※沈金の始まりも江戸時代享保期、蒔絵は江戸時代文政期にはいってからである。
【関係年表 [編集]】
元和2年 1616年     加賀藩は、能登に七木保護の制を布告。自由な伐採を禁じた。
寛永年間1624年―1643年 加賀藩は、漆の木の植林を奨励。
享保年間1716年―1735年 塗物に彫刻を施す技巧が開発。輪島沈金の始まりとなる。
文政年間1818年―1829年 会津塗の蒔絵師安吉から蒔絵の技法を習得。
明治25年1892年     目つぶしカンナが、発明される。
明治36年1903年     蒸気機関を動力とした轆轤(ろくろ)が導入される。
明治45年1912年     ロクロの動力が電力になる。
昭和30年1955年     前大峰が重要無形文化財「沈金」の保持者(いわゆる人間国宝)に認定される。
昭和42年1967年     石川県立輪島漆芸技術研修所完成。
昭和50年1975年     旧通産省指定伝統的工芸品指定を受ける。
平成03年1991年     石川県輪島漆芸美術館開館。
平成19年2007年03月   能登半島地震 震度6強の地震により大きな被害を受ける。
平成20年2008年07月07日 北海道洞爺湖サミットのG8社交ディナーで乾杯に使用される。

【浦出稲舟】輪島塗り
1955年昭和30年 輪島市に生まれる
1973年昭和48年 蒔絵作家:田崎昭一郎氏に師事
1976年昭和51年 輪島市美術展において奨励賞受賞
1978年昭和53年 輪島市美術展において美術協会賞受賞
1979年昭和54年 第26回日本伝統工芸展罰入賞~以後13回入選
1982年昭和57年 石川県立輪島漆芸研修所卒業
1982年昭和57年 日本漆工協会奨励賞を受賞・輪島市篤志育英賞を受賞
1983年昭和58年 石川の伝統工芸展初入選~以後9回入選
1989年平成01年 第7回日本伝統漆芸展に初入選~以後6回入選
1992年平成04年 輪島市美術展において、輪島漆技術保存会会長賞受賞
1993年平成05年 石川の現代美術展入賞
 現在 日本工芸会正会員
    漆光会会員
    日本文化財漆協会会員
 

サイズ 約直径7.4×高7.5cm
素材 本漆
作者 浦出稲舟作(輪島塗作家)
木箱
   (限定R4/礼輪大・128700)

 

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商品コード: natume-234
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