【茶器/茶道具 帛紗】 正絹 無地 紫 土田友湖作(千家十職 袋師) (服紗・袱紗・ふくろ)  

仕立て方は、三方縫いで縫い目のない折りめの一辺をわさといいます。
帛紗の色は男性 紫&女性 朱又は赤

千家十職とは
茶道に関わり三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)に出入りする塗り師・指物師など十の職家を表す尊称である。明治期に現在の十職に整理された。(大正時代に三越百貨店が命名したという説もある)
土田友湖(つちだゆうこ)とは
武士を廃業後、「越後屋半兵衛」と名乗って西陣織仲買人となった。その傍ら袋物の仕立ての修行をし、表千家6代・覚々斎に引き立てられて茶入の仕覆(しふく)などを縫うようになった。
2代以降、当主の通称は半四郎 であり隠居して剃髪すると友湖を名乗る。5代までは仕覆を生業とした
袋師で、12代(1965年に襲名)、現在は茶道具の茶入の仕覆や服紗、角帯などを作る。
  • 利休が小田原出陣の折、妻の宗恩が棗を包んで送った帛紗の寸法を一定とした。
  • 帛紗は利休の弟子塩瀬宗味の工夫により用いられた。
  • 帛紗さばきは茶器を拭き清めるために折りたたむ所作を云い、器の扱いにより、真行草のさばき方があります。

「千家十職」袋師
【初代 越後屋半兵衛】
 名乗る
 表千家 6代 覚々斉宗匠に引き立てられ茶入れの仕覆などを縫う
 後に7代 如心斎より友湖の号を贈られた。
【2代 半四郎】
1736年-1757年、法号:了圓
 初代 不染斎の子、初代在世中に没す
 2代以降、当主の通称は半四郎であり隠居して剃髪すると友湖を名乗る
【3代 半四郎】
1746年-1784年 号:一得斎友甫
 初代の甥。丁字屋嘉兵衛長男。了圓の養子
【4代 鶴寿院貞松】
1719年-1801年  2代 半四郎の姉・くに
 3代 半四郎の子供が幼少のため、表千家 8代:啐啄斎の命により家業継承
1788年天明 大火により家屋を焼失するが、啐啄斎の援助により再建
【5代 半四郎】
1778年-1825年 号:伸定、蓮乗) 3代 一得斎の長男
 この頃、室町一文字屋三右衛門、笹屋勘右衛門など服紗を扱っていた家が断絶したため、表千家8代 了々斎の計らいにより服紗も扱い始める
 5代までは仕服を生業としたが、以降は茶道具の茶入の仕覆(しふく)や、服紗、角帯などを作る)
【6代 半四郎】
1803年-1883年 5代の子
 天明の大火で焼失した家系図や秘伝書の再編さんを薦めるが、
 蛤御門の変に遭遇、再び家屋及び家伝などの一切を消失
【7代 半四郎】
1835年-1911年、号:聴雪
 西垣家出身。養子として土田家に入る
 表千家 11代 碌々斎の引き立てを受ける。樂慶入と親交が深かった
【8代 半四郎】
1861年-1911年 千之助 号 淡雪
 7代の長女・阿さの婿養子。養父・聴雪を亡くした一月後に没す
【9代 半四郎】
1892年-1914年 安治郎
 8代 淡雪の次男。22才の若さで亡くなる
【10代 浄雪院妙要】
1859年-1940年 7代 聴雪の長女、8代の妻である阿さ
 夫・長男・次男の早世及び後継者の三男が幼少のため、家督継承
【11代 半四郎】
1902年-1965年 8代 淡雪の三男、良三
 1940年 10代当主で母の阿さが亡くなったため家督継承するが、
 太平洋戦争勃発により幾度も召集される。終戦後、ようやく茶道復活の兆し が出始めた昭和
1954年 病に倒れ、以後は入退院を繰り返し、 家業に専念できぬまま世を去る
【12代 半四郎】
1939年-  11代 良三の次男 陽三。当代土田友湖
 寛保四年に現在の地に居を移し、脈々と現在に伝える
【12代 土田友湖 本名:陽三】
 土田家11代 土田半四郎氏の次男
1939年昭和14年 生まれ
1965年昭和40年 12代目を継承する

【千家十職の一覧】
・茶碗市     樂吉左衛門
・釜師      大西清右衛門
・塗師      中村宗哲
・指物師     駒沢利斎
・金物師     中川浄益
・袋師      土田友湖
・表具師     奥村吉兵衛
・一閑張細工師  飛来一閑
・竹細工・柄杓師 黒田正玄
・土風炉・焼物師 西村(永樂)善五郎
 

重量 約39g(10.4匁)
サイズ 約縦27×横28.5cm
素材 絹100%(正絹)
作者 土田友湖作(千家十職 袋師)
化粧箱・たとう紙
注意 ●画面の色と実物の色合いが異なって見える場合があります。
●裂地の取る位置により柄の出方は換わります。
   (野0輪大・25600野野丸り)