【茶器/茶道具 菓子器】 干菓子器 丸盆 銀溜 青海盆 久田宗也付(尋牛斎) 前端雅峰作

干菓子器 丸盆 銀溜 青海盆 久田宗也付(尋牛斎) 前端雅峰作

干菓子器 丸盆 銀溜 青海盆 久田宗也付(尋牛斎) 前端雅峰作

干菓子器 丸盆 銀溜 青海盆 久田宗也付(尋牛斎) 前端雅峰作

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【前端雅峰】 昭和11年 木地師:前端春斎の長男に生れる
昭和36年 村田道寛師に茶道漆芸、中村長寛師に石地塗、保谷美成師にに加賀蒔絵を学ぶ
昭和48年 大徳寺金毛閣重要文化財解体修理の古材にて棗を製作
  同時に:瑞峰院、吉口桂堂老師より「雅峰」の号を賜る
昭和58年 山中温泉に財団法人「無限庵」(石川県指定重要文化財)を設立
平成元年 東京美術倶楽部の茶席静清庵を財団法人無限庵に移築
平成16年 金閣寺「常足亭」の茶室建築の漆工部門を拝任
 塗師 伝統工芸士・無限庵博物館館長
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【久田家】
 久田家は3代宗旦の娘の嫁ぎ先で利休の血筋であり、家元が途絶えそうになった場合、久田家から養子で入っています。
 久田家の庵号は半床庵(は んしょうあん)といい、3代宗全による二畳中板の茶室を指す。

【久田家歴代系図】
【初代 宗栄 生々斎】
1559年~1624年3月6日 俗名は久田新八房政
 (利休の甥か?)
【2代 宗利 受得斎】
1610年~1685年11月7日 本間利兵衛
 (千宗旦の娘クレの夫、藤村庸軒の兄)

【藤村庸軒】(宗旦の四天王の一人)  千家とつながりの深かった久田家初代の久田宗栄の次男で、呉服商十二屋の藤村家に養子に入ったとされる。
 薮内紹智に茶の湯を学び、小堀政一(遠州)、金森重近(宗和)からも教えを受ける。のちに千宗旦のもとで台子伝授を許され宗旦四天王の一人に数えられた。
 没後、荻野道興の編集により『庸軒詩集』が1803年(享和3年)に刊行された。
【3代 宗全 徳誉斎】
1647年~1707年5月6日 元は本間勘兵衛と称した
(宗全は手工に秀で、炭斗の宗全籠等、茶碗・茶杓に優品物が多数あります。)
【4代 宗也 不及斎】
1681年~1744年1月13日 宗全の甥
<4代不及斎には二男あり、理由は不明ながら次男の宗悦が半床庵を継嗣した。>

【高倉久田家歴代】
【5代 宗悦 凉滴斎】
1715年~1768年4月26日 不及斎の次男
【6代 磻翁宗渓 挹泉斎】
1742年~1785年7月24日
【7代 維妙宗也 皓々斎】
1767年~1819年11月29日
【8代 宗利】
不詳-1844年6月30日 養子、元は関宗厳と称した
【9代 一乗宗与】
不詳-1862年8月24日 住山楊甫の孫

『住山家』とは、
  住山 楊甫(すみやま ようほ)は、初代(?~?)
  表千家6代目宗左の門人。姉は、7代目宗左の妻
  2代(1782~1855)天明2年~安政2年 初代楊甫の養嗣子
  表千家9代了々斎の死後、幼い吸江斎の後見人になる
  一乗宗与(~1862年8月24日)~文久2年 高倉久田家9代目
  (住山家八代云々斎楊甫の孫。幼名は岩之介)

【10代  宗悦 玄乗斎】
1856年~1895年4月24日
(表千家10代吸江斎の子で皓々斎の孫)
【11代 守一宗也 無適斎】
1884年~1946年9月13日
【12代 宗也 尋牛斎】
1925年~2010年10月22日
 大正14年(1925)京都生。名は和彦、11世無適斎宗也の長男。
 京大史学科卒
【13代 宗也 得流斎】
1958年~2011年10月13日 当代
 

サイズ 約直径25×高2.9cm
作者 前端雅峰作
木箱
   (限定礼輪酒・222000)